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大阪高等裁判所 昭和56年(う)1785号 判決 1982年12月07日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所へ差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検察官田口公明提出にかかる検察官細谷明作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人仲田隆明作成の答弁書及び答弁書(二)各記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決の量刑は軽すぎて不当である、というのである。

よって、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討すると、被告人は、原判示のように、昭和五六年九月一日夜、皇甫春満に対して暴行を加え、よって同人に対して膵損傷、顔面等打撲擦過傷の傷害を負わせたものであるが、その後の病状の推移について、原審記録に表われているところによると、右皇甫は、右膵損傷による痛みのため同年同月二日に大東市の野崎病院に入院し、同日午後九時ころから、同病院の伊藤秀哉医師の執刀で膵頭十二指腸切除等の手術を受けたが、同医師の診断によると、手術後の同年同月一〇日の段階では、膵液瘻及び縫合不全の兆候が見られ、一般状態不良で生命に危険がある状態にあり、さらに同年一一月五日の段階では、術後肝炎、右肺炎及び膵液瘻に起因する腸瘻による限局性腹膜炎を併発して、腸瘻等については再手術も考慮され、依然生命に危険がある状態で、向後約三か月の入院加療を要する状態であったことが認められ、原判決は、右病状に基づき本件傷害の程度につき、治療五か月間を要する生命の危険さえ伴う重傷であると判示している。

ところが、当審における事実取調の結果によると、その後、右皇甫の右腹膜炎が悪化したため、原審の弁論終結後である同年一一月一二日、前記病院で、伊藤秀哉医師により右皇甫に対する再手術が行なわれたが、腸の癒着が著しいため、腸の一部を切断し、吻合する手術をすることができただけであって、同人の右腹膜炎は、原判決宣告日である同年一一月一九日よりも前にすでに十分致死的意義のある汎発性腹膜炎となっていたことが認められ、かつ、右皇甫の受傷後右症状に至るまでの間に医師の治療に格別の過誤があったことを認めるに足りる証拠はないから、右症状に至ったことは被告人の本件暴行を原因とするものであると認められる。以上の事実に徴すると、本件傷害の程度は、右原判示を越えさらに重大なものといわなければならない。そして、さらに、当審における事実取調の結果によって明らかなように、右皇甫が原判決宣告の翌日に右汎発性腹膜炎により死亡したことをも併せ考えると、答弁のように、本件が酔余のうえの偶発的な犯行であること、最初の暴行の動機は妹の身を案じてのものであったこと、被告人は犯行後警察官の居たところに赴いたこと、被害者の入院先に直ちに駆けつけていること、本件を深刻に反省していること、被告人には前科前歴がなく生活態度も真面目なことなど、被告人のために斟酌すべき情状を十分考慮しても、被告人に対する原判決の量刑は軽すぎるというべきである。

よって、刑訴法三八一条、三九七条一項、二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により、本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 環直彌 裁判官 内匠和彦 石塚章夫)

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